わたしのひとりごと 

【42】卒業生の事故死
 この夏、あまりにも悲しい出来事が起きた。私の塾の卒業生が、まだ成人式を終えたばかりの若さで、逝ってしまった。猛暑の中、買ったばかりのオートバイで、海へ行く途中だった。アルバイトで徹夜明けだったということだ。
 その知らせを同じ学年の卒業生が電話で伝えてきた。
「先生、実はK君が・・・」
その瞬間、いやな気がした。悪い予感がした。・・・・予感が当たった。自分で何を言ったのか覚えていない。
電話してきてくれたE君が
「先生、すみません」と受話器のむこうで謝っている。
「なぜ、君が謝るの?」
「久しぶりの電話なのに先生を驚かせてしまったから」
あまりの驚きとショックで涙も出ない。お通夜と告別式の日程を電話の向こうで教えてくれているのだが、頭に入っていない。
電話を切った後、何か「怖さ」の様なものを感じた。それは「悲しい」という感情とは違うものだった気がする。
しばらくして、告別式に伺うのに、時間は何時だったか思い出せない。再び、E君に電話をする。彼の方が私より遙かにしっかりしている。他の卒業生に連絡を取ってくれて、みんなお通夜に列席するとのこと。「先生もできたらお通夜に来れませんか?」私をいたわってくれている。いつの間にかこんなに大人になっちゃたね?そうだよね、二十歳なんだもんね。それをこんな時に実感するなんて、悲しすぎる。

 大学の実習に参加している一人をのぞいて、みんな別れを言いにきていた。仲の良い7人だった。つい5年ほど前にそれぞれの未来を信じて旅立っていった子供たちである。こんなに早くそのひとりが欠けてしまうなんて思ってもいなかったことだ。それぞれにショックは大きいのだろうが、一生懸命、K君の最近の様子を私に伝えてくれる。私には、彼らのけなげさが何よりの慰めになった気がする。遺影に向かって「よい友達に恵まれてよかったね。みんな君のことを忘れないよ」と語りかけてきた。

  



【41】私変われるかもしれない

 中学3年生の面談で、ある女の子がこんなことを言いだした。
私立高校の学校説明会に参加して、ある高校にものすごく魅力を感じたらしく、元々第一志望だった公立高校とどちらにしたらよいのか迷っているという。その学校は私としては、彼女の滑り止めとして考えていたので、理由を尋ねると、校長先生のこの学校の方針というのを聞いて、非常に感激したという。「この学校に行ったら私変われるかもしれない」と言うのである。彼女を変われるかもしれないと感動させた方針というのは、「自主性」「自立」ということのようだ。

 彼女はどちらかというと慎重な性格で、自分を全面に出すことが不得意である。かといって、目立たない存在ではない。誰にでも優しく、穏やかで、まじめで、確実な性格なので友達には勿論、先生方にも一目をおかれるような子である。本人はみんなをまとめることが下手だと感じているようだが、他の子供達は彼女に頼めば安心と思っているようなのである。その子が、もっと自分の考えを持ち、もっと自分を表現したいと思ったのである。自分の「石橋をたたいても渡れない性格」を変えたいと思ったのである。

 高校を選ぶときに、同じ中学校から他の生徒が行かない高校へ行きたいという子が時々いる。普通は友達がたくさんいるところの方が安心と考えるのだけれども。自分で自分を変えたいと思っていても、周りの目が気になって、今までと違う行動は取りにくいのだろう。しかし、自分の今までをほとんど知らない人の中でなら、違う自分を出せると思うのだろう。それが、彼女の場合、高校の方針と合致して、「私変われるかもしれないから、この学校へ行きたい。」ということになったようだ。大人の見方からすると、その高校が彼女に向いているのかどうかは疑問も多いのだが、彼女の思いが生かされる受験をして欲しい。

 そして、たとえどこで勉強することになっても、自分らしく、自分に自信を持って前進していって欲しい。変わらなくても充分素敵な彼女だけど、いろいろな人に巡り会って、ますます自分を磨いていって欲しい。
  






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【40】  ご苦労様でした 【39】   悪循環
【38】   自信 【37】  わかって
【36】  骨折 【35】   男の子と女の子
【34】  元気をあげる 【33】  待つ
【32】  姿勢 【31】  叱る
【30】  一枚のファックス 【29】  初めての中間テスト
【28】  甘え上手 【27】  やっぱりだめ?
【26】  就職おめでとう 【25】  友達作り
【24】   お別れ会 【23】  ちらしずし
【22】   がんばろうね 【21】  先生、こんなできない子を教えたことある?
【20】  今度は彼女と一緒にね 【19】  真剣な顔
【18】  補欠合格 【17】  最終決断
【16】  肝心なところでドジ 【15】  面接官のどこを見たらよいの?
【14】  母親の記憶力 【13】  海外ホームステイの選択
【12】  学習能力とスピード 【11】  中学受験と遊び
【10】  気持ちを入れ替えて 【 9 】  子供の適性
【 8 】  クリスマス会 【 7 】  中学3年生の選択1
【 6 】  そのまま、大きくなあれ 【 5 】  考える力1
【 4 】  嬉しかったよ!! 【 3 】  就職内定おめでとう
【 2 】   合唱祭 【 1 】  15分間の停電




【40】ご苦労様でした

 先日、卒業生の結婚式に出席させていただいた。新郎の小さい頃の思い出の海辺に立つホテルでの披露宴で、たくさんの友人、知人に囲まれたあたたかい宴だった。
 宴の間、主役は当然、新郎新婦なのだが、私はどうしても新婦のご両親、特にお母様のことを考えてしまった。実に心配りのある、あたたかいお母様なのである。
 新郎新婦の生い立ちと称するスライドを見ている内に、涙が止まらなくなってしまった。ご両親の思いを考えてしまったからである。私が彼女と関わったのは、中学校の3年間だけだが、それだけでも胸に迫るものがあった。子供はいつの日か自立して手元を離れていくものだが、ご両親のそれまでのご苦労やら、彼女に対する思いやら、安堵感やら、寂しさを考えると、私自身単なるうれしさとは別の万感の思いがあった。
 一生懸命やりましたよね、子育て。ご両親の真摯な姿勢、周りの方々への気遣いなどご両親の思いをきちんと受け継いだ、素敵なお嬢さんですよね。本当にご苦労様と申し上げたい。そして、私に、おだやかな、質の高い教育というものはこういうものだと示して下さったお母様に心から感謝している。

  



【39】悪循環
 中学3年生のAちゃんは、塾にやってくるのも1番早いし、宿題も必ずやってくるし、塾ではすごく優等生なのだが、数学以外の勉強は大嫌い。覚えなければいけない科目はまるっきしだめ。漢字の書き取りなどは学校の中間、期末の時だけは範囲内の漢字はどうにかできるのだが、過ぎてしまえばあつさを忘れてしまうタイプ。漫画が大好きらしいのだが、そのわりには言葉そのものを知らない。でも、数学は自他共に認める得意科目。
数学の勉強をしているときと、英語の授業で見せる彼女の目の色のちがいに驚くばかりである。なぜ、こんなにギャップがあるものなのだろうか?数学に対するエネルギーをすこしは他の科目にも回してと最初の頃は思いもしたが、これがAちゃんのAちゃんたるところだからと、今はきりかえて数学に関しては厳しく、英語、その他の科目に関しては大目に見ている。

 子供にとって、好きになれない科目を集中して、意識を持って勉強することはかなり大変なことなのであろう。おもしろくない−授業を聞いていない−授業がわからない−家で補習しない−さらにわからない−さらにおもしろくなくなるという悪循環の中に入り込んでしまうと、そこから抜け出すには、相当な意識変革が必要となる。「今が一番のがんばり時だから、嫌いなんて言ってられないのよ。あなたならできるからがんばってごらん」なんて言葉が、どれほどの意味があるのかと思いながらも、あれだけの数学への前向きさを無駄にさせたくないという気持ちから、また言ってしまっている今日この頃である。

  


【38】自信

 中学3年生との面接が終わった。それぞれ、自分自身で行きたいと思っている高校をあげさせ、またなぜそこがいいと思っているのか聞くことにしている。最近の子供たちの理由は、「近いこと」「楽しい部活があること」「自由な雰囲気があること」「学校行事が充実していること」などである。3年間通うところなので成績で選ぶだけでなく、自分の納得のいく高校を選んで欲しいと思っている。
 そんな中で、一人の子が、自分の行きたいと思っている高校に、同じ学校の自分よりずっと成績がよい子(彼女自身がそう思いこんでいるだけなのだが)が受けるらしいと言うことで、非常に不安を感じているようである。自分なんかがそんな高校を受けていいのかというのである。

 この子は確かに控えめで、あまり自己主張が得意ではない。私の塾に入ってきた6年生の時から、常に、もっと自信を持つようにと私に言われ続けているのだが、性格なのでなかなか難しい。だから、成績にもそれがあらわれていて、テストの成績は結構よいのだが、通知票の成績はあまりよくない。学校の先生たちには目立つ存在ではないのだろう。日頃から、こつこつと勉強するタイプではあるのだが、そのやり方に不安を抱いたり、自分が決めなければいけないことを決められずに、母親に聞いたりするようなのである。そういう子なので、「自信をつける」ことが最重要課題なのである。私が彼女に今回話したことは−−−、今までこつこつ地道な勉強をしてきたものは、しっかりした地盤の上に長い時間をかけてがっしりした家を建ててきたようなもの。ちょっとやそっとのことでは揺らぐことがない。でも、突貫工事で間に合わせた家は一見かっこうよく見えるかもしれないけど、いざというときにはもろいもの。人は人、自分のやってきたことを信じてごらん。−−−ということだけだった。どの程度わかってくれたかは疑問だが、自分自身をもっと高く評価することが、この受験という場だけではなく、これからの彼女にとっては必要なことのように思えるのである。そして、この受験が彼女の「自信」を意識できるよい経験になってくれることを祈っている。
  
  


【37】わかって!!

 中学1年生の女の子を叱りつけた。叱った後というのは決して気分のよいものではないのだが、この子がいつか気がついてくれる日を期待しつつ、こりずに注意し続けるしかないのだろう。

 数学の宿題をやってこなかったので彼女は怒られた。それを難しくてわからなかったと逃げようとした。20年以上も塾をやっていると、それぞれの子供たちがそれぞれの問題をどの程度苦労して解くかなどと言うことは十分承知している。「この子なりにがんばったな」とか、「誰かに教えてもらったな」とか。しかし自覚のない子供は、「わかりませんでした」と言えば一時の恥とばかりに「わかりませんでした」を連発して、その場を逃げようとする。3回に2回は「そんなはずはない」という一言を飲み込んで、「もっと考えればできると思うよ」などと、無視をして(私にとってはそれが無視)おくが、いつもそれでは、子供たちは努力をしなくなる。努力のない学習なんてあるはずもない。小学校6年生でさほど差のない学習レベルで入ってきても、その努力の有無で、中学を卒業していくときには大きな力の差になってしまう。だからこそ、無視しておくわけにはいかない。時には、きちっと怒らないと。怒るときはかなり厳しく怒ることにしている。怒られていない子供が恐る恐る私の顔をのぞき込むくらいだ。今の子供は家であまり怒られないのか、驚いたような顔をする子もいる。

 中学1年生が一番の躾どきと思っている。3年生になっても、このようなレベルで注意されるようでは注意をしても効果がない。「この子の生活態度もこの子の能力のうち」とあきらめるしかない。しかし、中1はまだこれから。そして、その怒られたことが、いつか実になってくれることだけを願う日々である。 
 
 


【36】骨折

 小学6年生の男の子が、右足の骨を折って入院した。日頃から、やや落ち着きのない子で、授業中も集中力がないし、人の話を聞いていない。一人自分の世界に入ってしまっているような子である。ほかの子供と遊んでいるのを見ていても、なんか危険予測が足りないようで、こちらの方がひやひやするような子である。その子が、自転車にひかれて骨折したという。「やっぱり」という気持ちが一番先にきてしまった。ほかの子供たちも、彼ならやりそうと思うのか、私に笑いながら説明をするのである。「2本がポキッて折れちゃったんだって」。 「みんなも気をつけなければだめよ、歩いていて自転車とぶつかっただけでこんな大けがなんだから。自転車に乗っていて、車にひかれたら大変なんだよ」と一様注意を喚起したが、子供たちはどの程度、自分のこととして受け止めているか。
 こういったけがに関しては、やはり、けがをしやすい子というのはいるもので、どこか、注意力が散漫なところのある子に多い。野球で滑り込んだら、尾てい骨を骨折し、しばらくイスに座るのもままならなかったのがようやく完治したかと思ったら、今度は運動場を整備する非常に重たい道具を足の上に落として、また、松葉杖で通ってくるというように。とかく、男の子は、けがしやすい。しかし、どれも大きなけがには至らず、若いので、治るのもあっという間なのである。
 みんな、気をつけてよ。笑って話せるくらいのけがにしておいてね。


【35】男の子と女の子

 小学6年生くらいであると、女の子と男の子の精神年齢の差が大きい。今日、そんな面白い場面があった。ある整理整頓のへたな男の子が、何を思ったか4月から今までの塾のプリントをきちんと整理して、まとめてファイリングしてきた。それを見た一人の女の子が、「えらいね、よくがんばったね」と。まさに、自分の弟にでも言うように、ある意味では、我が子を褒めるかのように、大きな包容力をもって彼の努力を称えてくれた。言われた男の子も、至極自然にその言葉を受け止めて、嬉しそうにしている。聞くところによると、幼稚園からの幼なじみで、塾の帰り道でも、もう一人の男の子を含めて3人でよく立ち話をして、相談に乗ってあげたりしているようである。仲がよいのは結構。ほほえましい。
 しかし、自分の子供時代から考えてみると、男の子の幼さが目立つような気がする。一方、女の子は我々の時より大人っぽい雰囲気を持っているような気もする。ますます、その差が広がっている感じがする。これは、母親の子供への接し方が関係しているのであろうか。女の子に対しては友達感覚で、男の子に対しては子供感覚がいつまでも抜けないのかもしれない。



【34】元気をあげる

 先日、卒業生のお母さんに、偶然、町で出会ったときのことである。先生はいつもお元気ですね。と言われた。少しも、お元気なんかではない。元気な振りをしているだけ。声だけは、日頃から、子供たちに負けないように張り上げているので、若々しく聞こえるかもしれないが、その実、運動不足による体力の衰えは否めない。
 その立ち話の中で、大きなことに気がつかされた。
 彼女曰く、子供たち二人とも、先生から元気をもらったと言っている。電話で先生の声を聞くだけで、元気がわいてくると、姉、妹とも言っていると。自分で意識したことは全くなかったし、子供たちからそう言われたこともなかったので、もし、それが本当ならばすごくうれしいと思った。私は、子供から元気をもらっているとずっと思ってきたが、子供たちに元気をあげることができたのだろうか。教えることの一つの目的は明日への元気を与えることなのかもしれないと、二十数年目の新たな発見である。
 「元気をあげる」今、ちょっと、私はこの言葉に酔っている

【33】待つ

 子供と一緒に勉強していると、まさに「待つ」ことの大切さを実感する。先日も、小学6年生の算数の授業で、ある男の子が質問をしたことになかなか答えられない。この子はいつも人の言うことを聞いていないので聞かれていることがわからないのかしらと思いつつ、様子を見ていると、何かしら考えている様子ではある。それにしても遅い。今、あきらめようか。もう1回、説明し直そうかと考えている内に、ながーい時間の経過の後に、突然声を出して、答えを言った。「そう、その通り!!よく考えたね。」思わず、すごい問題ができた時のような反応をしてしまった。
 そう、子供には、集中したり、考えをまとめたり、計算したり、大人の倍以上の時間が必要なのだ。忙しさで、気のせいている私には、その「待つ」余裕がなくなるときがある。あと10秒待つことが、その子の算数への道を大きく左右するかもしれない。 



【32】姿勢

 勉強する時の姿勢の悪い子が多くなってきている。私の子供時代には、結構、姿勢を注意されていたような気がする。字を書くときには、左手できちんとその原稿を押さえて、背筋を伸ばしてというように。それが、今の子供たちは、左手は、字を書く手ではないから、使わないというように机の上にのせずに、イスと自分の足の間に挟んだりして字を書こうとする。当然、字は下手だし、踊っている。右手で、押さえることもしなければならないので、余計な力が必要なので、字を書くのが遅くなり、疲れる。勉強がいやになるようである。私自身としては、細かいことをいうときりがないし、その子なりの楽な格好で勉強すればよいと考えているので、目に余るとき以外は注意をしない。ただ、そういうことに関して注意をされたことがない子供が多いのに驚く。親が注意をしないようである。ほかにもっと注意しなければならないことが多いのか、親自身がそういうことに関しては無頓着なのか。わたしが言わなければ、この子たちは、本当に楽に勉強する姿勢を知らないで大きくなってしまうのかもしれない。うるさい先生にならなければいけないのかしら・・・。



【31】叱る
6年生の男の子のC君、シャイでありながら、親しい友達との間ではひょうきんな子である。ほかの友達が思わず笑ってしまうようなことをスラット言ってのける。友達を笑わせるコツのようなものを彼は知っている。頭の回転も速い。ただ、人の話を聞いていない。授業もほとんど聞いていないに等しい。私が何をやりなさいと子供たちに指示をすると、一番取り掛かりが遅いのも彼だし、やることが私の指示と違うのも彼である。ただやり出したら結構早くこなすことは出来る。
 先日も、算数の問題が出来なかったので、同じ系統の簡単な問題から私が質問しても、答えられない。聞いていないので、何を聞かれたのかわからないからである。いつもおなじ繰り返しなので、いつか注意をしないといけないと思っていた。そこで、大きな声で叱り付けた。「なぜ、話を聞いていないの!? 人の話を聞かなければいけないときは、集中して聞こうとしないと、いつのまにか、人から相手にされなくなるんだよ」と。はじめて、先生が大きな声を出して怒ったので、ほかの子供たちがかえってびっくり。そっと私の顔を見る子もいるくらいであった。怒られた本人も、その日だけはビクビクしながら、私の言うことを必死に聞こうとしいた。
 「叱る」ということは結構エネルギーの要ることで、ただ叱ってそれで終わりにはならない。けっしてぐずぐずと後を引かないことと、その後のフォローが大切なのである。反省の色が見られたら、即ほめてやること。「やっぱりやればできるんじゃない」というように、一言でもいいから声をかけてやることが大切な気がする。一度で効き目があるとは思えないので、何度か繰り返さざるを得ないのかもしれない。あきらめずに・・・


【30】一枚のファックス
先日、一枚の新聞記事のファックスが届いた。この春卒業していった高校1年生の県の大会で活躍する写真と記事だった。彼は、スポーツ推薦でそのスポーツに関しては全国的にも有数な私立高校に合格して通っている。そのお母さんが送ってくれたものだ。スポーツ推薦で合格した子供に関して私が一番心配しているのは、高校の練習の厳しさについていけるかということと、もし、何らかの事情でそのスポーツを断念しなければならなくなったときに、他の道が考えられる状況にあるか、スポーツと勉強が両立できるのかということである。彼に関しては、練習の厳しさにはついていけないことはないと思っていたが、体育の先生になりたいという彼の夢を実現するためにも勉強がきちんとできているかと言うことを心配していた。
 お母さんの話では、スポーツ推薦の子供は、その時間割的な意味から「特進クラス」には入れないらしいのだが、特進クラスでも上位にはいるほど、勉強もがんばっているとのこと。さらに、県内の試合で、2年生、3年生をおしのけて、レギュラーとして出場して、写真入りで、新聞の一面記事を飾るほど活躍をしているらしい。ただ、上級生を差し置いての活躍で部活内ではかなりのプレッシャーがあるとのことで、今回の私へのファックスも本人は、「まだいい」と言って、うれしさを素直に表現しないとか。「S君、私を含めて一緒に勉強した仲間は、みんな君の活躍を楽しみにしているのだから、素直に喜んでいいんだよ。また、待っているからね。」


【29】初めての中間テスト             
 この4月に初めて中学校に入学した子供たちが、初めての中間テストを経験した。初めから過剰に緊張する子もいれば、全く意に介さないのか、前日になっても何科目試験があるのかも知らないような子もいる。私自身としてはあまり試験だからと言っておおげさに構えるのは好きではないのだが、子供たちの意識の向上を図るために、2週間前から学校で配られる試験範囲を持ってこさせて、試験に向けた学習態勢をとっている。子供によって、その性格によって反応は様々であるが、大方の子供は、それで試験に向かう姿勢だけはできてくるようである。ただ、これが家に帰って一人になると、忘れてしまうのか、自分で机に向かうその一歩が出ないのか、だらだらと緊張感のない日常になってしまう子供も結構多い。人に強制されたり、導かれたりしないと勉強できない子供が増えているように思う。自ら自覚して勉強してこそ初めて大きな力がせるのだけれども・・・。


【28】甘え上手                                

 
6年生のA子ちゃんは、お母さんの話によると、上のお姉ちゃんと歳の開きが大きく、ご両親が40代で産まれた子で、家族全員から溺愛されて育ってきたようである。また、3月の末生まれなので、同じ学年の中でも小さく可愛がられる存在でここまできたようである。お母さんによれば、余裕を持って育てられたとのこと。確かに彼女は、余り物事に動じないところがある。
 そして私が一番感じたのは、人への甘え方がとても上手だということである。算数の最初の授業で、でできないところがあって、私の目を見て、「わからない。教えて」と目で訴えたのである。家族はおそらくその目に負けてきたのだろうし、彼女自身もその目の効果をよく心得ている。当然それに応えてくれると思っていたのが、「A子ちゃんなら、わかる!!もっと考えて」と言われて、自分で考えざるを得なくなった。するとすぐのように正解を出せたのである。それ以来、私に対してはその甘えた目つきをすることはなくなった。賢い子なのである。誰だって楽な方向を選びたがる。でも、それを繰り返すうちに、大きな力を失っていってしまうことがある。突き放されることによって、自分で道を切り開いていく楽しさがわかってくれるといいのだけれども。

【27】やっぱりだめ?                             
(【10】で気持ちを入れ替えたはずの子の続編)

 正月に「先生、気持ちを入れ替えて勉強するから今年もよろしく」と自分から言ってきた子。結局、また同じ事を繰り返している。先日の授業になかなか姿を現さない。また宿題が終わらなくて遅刻かなと思っているところに、母親が申し訳なさそうに、「先生、すいません、30分ほど遅れると言っていますので、よろしくお願いします。」と、わざわざ教室まで言いにきてくれた。電話で充分なのに、母親の気持ちを表しておきたかったのであろう。
 3月の父母面接の際に、私がはっきりと、でも笑いながら、「口ばっかりで、少しもそのやる気を感じられない。本当に3日坊主だった。」と話すと、物事のよくわかっているお母さんで、「先生に、はっきり言ってもらってありがたい。自分が子供に普段言っていることに説得力が付く」と言うのである。母親の言うことなど「うるさい」くらいにしか思っていないらしい。中学3年生にもなると確かに親の言うことなど聞く耳を持たないのかも知れない。それなら、私が直接彼女に言おうと思って機をうかがっていた。
 その日、彼女も私に怒られることは覚悟していたようで、いつになく神妙な顔をして授業を受けていたので、多くの言葉はいらないと思い、「先生をがっかりさせないで。正月の意気込みはどうしたの?」とだけ帰り際に怒った顔をして見せた。「すいません。これからがんばります。」と言って帰っていった。
 何回か同じ事を繰り返すのであろう。性格というのはそういうものだ。親の思い、教師の思いが伝わるには時間がかかるものである。それを念頭に置いて、あきらめずに見守っていくしかない。
 

【26】就職おめでとう                             

 この春大学を卒業して、新社会人になった卒業生二人が春休みに遊びに来てくれた。二人とも男の子だが、一人は制服を着る公務員に。一人は【3】のTくんで、システムエンジニアとして電気機器の開発に携わるようである。二人とも本当にさわやかで、格好良くて、頼もしくて、私なんかに「お世話になりました。」なんて挨拶しにきてくれる誠実な若者である。「今時の若者は・・・」なんていろいろ言われるけれども、こんな子たちもいるのである。親ばかならぬ、何馬鹿なのかわからないが、私の自慢の子供たちである。彼らは今、新人研修でしごかれて、きっと社会人としての厳しさのほんの一端を経験していることだと思う。これからまた様々な人と出会い、たくさんの経験を積んで大きくなっていってくれると思う。本当におめでとう、そしてがんばって。 


【25】友達作り                                  

 
新学年を迎えて何かとあわただしい日々が続いたが、学校での子供たちのクラス替えの楽しみと不安も少し落ち着いて、塾の教室内も落ち着いてきた。特に3年生は、クラス替え後すぐのように修学旅行があるので、どんな友達と一緒になれるかは、大きな関心事であるらしい。友達を作ることが上手な子、下手な子がいて、特に下手な子にとっては、4月は憂鬱な月のようである。ただ、クラブ活動というのが一つの救いであって、クラスでなかなか友達が作れない子も、部活の仲間が支えてくれるようである。
 塾内でも、新入生が、前からいる子供たちと、あるいは、違った小学校、中学校の子供たちとうまくなじんでくれるかというのは、私としては気にはかけている。ただ、自ら一人で行動することを選ぶ子も当然いるので、余計なおせっかいにならないように、かなり観察が必要なのである。仲間に入りたいのに入れないのか、入ろうとしないのか、今年の中学1年生にも、他の女の子とは一緒に行動しようとしない子が一人いる。私に対しては礼儀正しいし、素直なんだけれども。


【24】お別れ会                                 
毎年3月には、中学3年生のお別れ会をする。2月末に公立高校の試験があるので、授業は2月いっぱいで終わって3月上旬の合格発表はほとんど電話連絡であるから子供たちの顔を見るのは久しぶりである。第一志望に合格した子、そうでない子どんな顔をしているかとても楽しみなのである。毎年思うことなのであるが、この顔を見ない2,3週間の間に子供は急に大人っぽくなる。受験という大きな壁を乗り越えたせいか、その達成感からか、これからの新しい経験に胸ふくらむのか、みんな顔つきも、言うこともなぜかもう高校生なのである。また、今年は、何人かは、もう携帯電話を持っていて、会の途中、その着メロがなって、席を外したり、携帯電話を見せあったり、楽しそうである。そういえば、自分だって受験が終わった春は、「春」と言う季節を感じる心のゆとりがあったなと思い出しながら、この子たちの喜びを素直に楽しんだ一日だった。
 これからも、君たちのことをずーっと応援しているよ。嬉しいこと、感動したこと、悲しいこと、困ったこと、不安なことがあったら、いつでも報告に来てね。一緒に喜んであげる、一緒に考えてあげるよ。 


【23】ちらしずし                                

 3月3日のひなまつりに買い物へ行くと、桃の花や菜の花を脇に抱えたお母さんの姿がほほえましくて、自分には女の子がいないけれども思わず「今晩はちらしずしと蛤のうしお汁」にしたくなっていた。ちらしずしはわたしにとって雛祭りのごちそうであるとともに、受験の時の忘れられないお弁当なのである。高校受験の時は、都立高校だったので2月の末だったが母が作ってくれたお弁当はなぜか「ちらしずし」。それが「おいしかった」と言う感想を母が覚えていてくれたのか結果が良かったのでゲンをかついだのか、大学受験の時もちらしずしだった。特に3月3日の試験の時は母の精一杯のエールだなと思いながら頂いたことを覚えている。遅ればせながらありがとう。

 その母からこの「ひとりごと」の【14】母親の記憶力に笑いながらクレームが付いたので一言添えておく。
 「母にはさしたる学歴があるわけでもない。」というところにカチンときたらしい。昔の「高女」というのは結構学歴のある方だとか。ごめん知らなくて、気がつかなくて。でも、子供を育てる上で学歴があるとかないとか関係ないよね。「知恵」があるかどうかだよね。また生意気かな?

 


【22】がんばろうね                               

 県立高校の合格発表が終わり、今年度の私の仕事の一つが終わった。結果は、まあまあ満足のいくものであった。【7】で話をした女の子は結局、滑り止めで受けた高校しか合格できず、かわいそうな結果であったが、私なりに精一杯のことはやったなという思いからか、気持ちはそんなに重くない。
 彼女自身も自分の思いをぶつけた高校受験なのでそれなりの割り切りができると信じている。自己採点がかなり高いような事を言っていたので、本人も相当期待していたのだろう、今はショックが大きいと思うが、数日もすればきっと、いつもの明るい彼女に戻ってくれるであろう。そして、凛々しく次の目標に向かっていってくれると信じている。きっとこの経験を糧にして。


【21】先生こんなできない子教えたことある?               
【20】で紹介した二人の話の中で、思わず真剣に聞き入ってしまう話があった。
 彼らも塾講師のアルバイトをしているという。彼らの一人が個人指導の学習塾で教えている。非常にできの悪い中学3年のジャニーズ系の男の子と、これまたすっごく可愛いけどできの悪い高校3年生の女の子を受け持っているという。「先生、アルファベットをろくに読めない受験生なんて教えたことありますか?もう何を教えたらいいのかわからないんですよ。全く勉強しようとしないし。」その中学3年生は、3日後に入学試験を控えているにもかかわらず、一次方程式はおろか、簡単な正負の計算さえもおぼつかないという。最初、文字式の3aを「サンアイ」と読むので馬鹿にされてるのかなと思ったそうである。ところが、ところが、アルファベットを読めない!!それに気がついたときは愕然としたという。よく中3まで上がってこれたと。その上、工業高校などを受けるという。なんかあまりにめちゃくちゃで、こんな子供を大学1年生に押しつけてしまう塾側の問題は大きいが、親の無責任さを考えさせられてしまった。もう少し、彼のことを考えてあげて欲しい。彼の将来を考えてあげて欲しい。彼のことを真剣に考えてあげる大人の目があったら、ここまでひどい状態にはならなかったであろう。だって、彼は塾に通ってきているのだから。できるようになりたいという気持ちはあるのだから。 私の塾の子供ではないので余計なお世話なんだけど、なぜか、その子の受験結果が気になった。


【20】今度は彼女と一緒にね                         
 先日、大学1年生になる卒業生の男の子が二人で遊びに来てくれて、あれやこれや近況報告をしていってくれた。二人とも公立高校から現役でそれぞれの目標とする道への第1歩を踏み出し、1年が経つ。一人は、薬科大学で製薬を学び、新薬の開発に携わりたいとのこと、一人は、交通土木と言うのだろうか、橋やトンネルの設計などをしたいというのである。二人とも、アルバイトなどをしつつ大学生活を本当に楽しんでいて、女の子の話、合コンの話、友達関係の話、単位を落としそうな話、再試験(サイシ)の話などさまざまなことを3時間ほど話していってくれた。自分の遠い大学時代なども思い出したりして、友達のように(?)彼らと話ができたことが何より嬉しかった。こんなおばさん先生のところにも若い男の子の風が吹いて、なぜか一日爽快だったよ。ありがとうね。こんどは彼女を連れてきてね。


【19】真剣な顔                                 
子供が問題を考えているときのあの真剣な顔が好きだ。中学生くらいになると、大人っぽい表情を見せたり幼さの残る表情を見せたりいろいろだが、一生懸命ものを考えているときは表情を作らないので、子供らしい幼さが見えて何とも言えず可愛い。中学3年生で180p以上も身長のある男の子でもそうなのである。下を向いて、必死に数学の難問と格闘している彼らの顔を見ながら机の周りを歩き回っていると、なぜか優しい気持ちになっている自分を感じる。こちらが落ち込んでいるときなどは励まされているような気さえする。やめられないよねこの仕事。


【18】補欠合格                                 
 中学3年生の女の子のお母さんから電話があり、公立高校の志望校を親としては変更した方がいいと思うのだが、子供が納得しない。どうするべきかという相談があった。ある私立高校の合否によって、公立志望校を変えようと考えていた。つまりその高校に合格すれば、難関であるけれども本人が一番行きたいと思っている公立高校を受験することにし、もしその私立高校に不合格であれば合格の可能性が高い公立高校を受験することにしようと本人も納得の上、決めていた。そのことは私も知っていて、本人に確認したときも何のためらいもなく「そうしたい」と言っていたので、妥当な選択だと思っていた。
 また、その私立高校には最初から併願推薦と言うような制度があり、普段の模擬テストの結果から実際の入試においてかなりの加点を認められていたので、まず合格するだろうと考えていた。ところがである。結果は「補欠合格」。あれだけの加点を認められていながら、「合格」できなかったのは、本番に弱い何かがあるのだろうが、それも実力のうち。きちんと受け止めなければ行けない事実なのだが、「不合格」ではないのである。親としては不合格と言われた方がどれだけ諦めがつくかわからないと言う。本人も私には「補欠合格なんかで合格したくない」と言う。
 しかし現実は違うようである。「補欠合格」は「不合格と同じ」と言う親の考えと、「不合格ではないのだから」と言う子供の気持ちとがぶつかって、公立志望校を決められない。どちらもわかる。親の考えが現実的だと思うが、最終的には子供の判断しかないのである。いかに説得するか、納得させるか、親の本領の発揮どころだ。どちらを選択しても、彼女自身がすっきりした顔で、受験に臨んでくれることが一番。静かに見守りたい。


【17】最終決断                                 
 公立高校の推薦入試の合格発表が終わり、いよいよ一般受験の願書提出日が迫っている。推薦入試に不合格だった子供の中には、そのまま同じ高校に願書を提出するのか、はたまた志望校を変えるのかで迷っている子供がいる。そんな子供が私と相談したいと言うことで電話をかけてきたり、教室にやってきたりで忙しかった。公立高校の推薦入試は、内申点と面接で合否が決められる。相当それに期待をかける子供もいるし、最初から推薦で合格するのは無理とあきらめている子供もいる。ただ、どちらにしても推薦入試はだめでもまだ一般受験の道が残されているので、やや気が楽なのであるが、いよいよ最終決断をしなければならない時がやってきた。自分の成績と、自分の気持ち、親の意向、合格している滑り止めの私立高校とを秤に掛けながら決めるのである。15歳の子供にとっては、生まれて初めてと言って良いような難しい選択を迫られているのである。誰かに「こうしなさい」と背中を押してもらいたいような気持ちなのであろう。そんな時、私の姿勢としては、まず、データを示して、それぞれの高校に対する合格の可能性を客観的に話す。その上で、子供が自分の考えなければいけないことを整理できるように、考えの道筋をつけてやるだけだ。最終的には本人の決断しかないのであるから。悩んでごらん、悩んだ分だけ大きくなれるよ。


【16】肝心なところでドジ                           
 
 私立高校の入学試験を終えた子供が、不合格と決まったわけでもないのに落ち込んだ顔をしている。聞くと、問題が裏にもあることに気づかず、一問、全く答えずに提出したとのこと。開いた口がふさがらなかったが、日頃の行動を見ているとさもありなんと思う。提出物などは、催促しないと出せない。聞けば答えるが、自ら進んで質問したり、発言したり、行動することをしない。常に受身モードに入っている感じだ。かと言って、成績も悪くないし、素直でいい子だ。しかし、能動的な行為から養われる物事を処理する能力やら、失敗を乗り越える力が足りない。
 両親とも高学歴であるけれども、勉強オンリーに考えているわけではなく、家族でスポーツをしたり、旅行に出かけたりと楽しい家庭だ。何に問題があるかと言えば、私流に見ると、母親が素晴らしすぎるのではないか。母親は仕事を持ち、しかも、同じ年齢の子供を持つ親たちの間のオピニオンリーダー的な存在である。子供に対しても「次はこうしなさい」と指示をとばすのである。子供はそれに乗っかっていれば何の問題もない。楽なのである、小中学校までは。しかしこれからは母親の視野の範囲外で行動しなければならない。今回のこの失敗はその洗礼なのかもしれない。一人で自分の行動を考え、決断する力をつけていって欲しいと思っている。。


【15】面接官のどこを見たらよいの?                   

 
県立高校の推薦入試を控えて、中学3年生の話題は、何を聞かれるか、どう答えるか、新聞を読んで最近のニュースを勉強しなければ等々、もっぱら、「面接」に対するものである。その中に、ちょっとびっくりするようなものがあった。面接官のどこを見て受け答えをしたらよいのかと言うのである。一人の子が言い出したのであるが、他の子供たちも同じような不安を漏らした。なぜ、そんなことを意識するのか、学校で、この子たちは先生の目を見て話すことがないのではないかと、やや教育の現状にまで考えが及んでしまった。誰かが、「相手の胸を見て話せばいいんだよ」と言う。すると、「女の先生だったらどうすんのよ」で、みんなが爆笑してこの件は終わった。今の子供たちは、「形」や「方法」を意識し、そういうことに対する気の使い方は優れているのかも知れない。ただ、本質への目の向け方が幼稚なのか、わざと避けているのか、問題は深い。
 「あなた達なら、飾る必要はないのだから、ありのままの自分を見てもらってきなさい。」と最後に声をかけたが、ある女の子は「家で、鏡を見て最後の練習をする」と言って帰って行った  

 


【14】母親の記憶力                              
アンケートに答えていただいたあるお母さんが「お子さんの中学受験を考えているが、自分が何をしてあげられるのか。難しい問題を解けなければいけないのか」と不安な気持ちを書いてくださった最後に、「今、子供にとって何がよいのか、一生懸命考えているところです」と結んでくださった。
 私は、へたでも、この「一生懸命育てる」ということがとても大切だと思っている。
 私の母は、特別な学歴もなく、ごく普通の母親である。勉強を教えてもらった記憶は私にはあまりない。(本人は、結構教えてあげたと言っていますが・・・)。ただ、ほとほと感心するのは、その記憶力なのである。私の子育て中のできごとや、いついつのあのお友達のこと、同じクラスの○○ちゃんの話、等々。私がもう忘れてしまったことも70歳を越えた今でもしっかり覚えているのである。これはいったい何なのだろうと考えた私の結論が「それだけ一生懸命育ててくれたのだ」ということである。何よりも感謝している。子供は親のその姿を見て、育っていくのだと思う。
一生懸命取り組んでいきましょう。


【13】海外ホームステイの選択                       
  
 
 友人のお嬢さんが今日、AFSの試験に合格してタスマニアにホームステイに旅立った。彼女が生まれたときから知っている私には、母親の思いを考えると胸が痛くなる。昨年、合格はしてみたものの、周囲の反対があり、特におじいちゃま、おばあちゃまの反対が強く、母親としてどうするべきなのか悩んでいたようである。私にも相談があり、私としてはまたとないチャンスだし、おっとり型の彼女が「留学試験を受けたい」と言いだしたこと自体がすごいことだと思ったので、賛成派に回った。母親がOKを出す一番の決め手は、試験を受けることにOKを出したのに、受かってしまったから、それならだめでは、子供は決して納得しないであろうということであったようだ。いつもながら、親は厳しい選択を迫られていると感じるとともに、何気ない日常の中でも、子供に対して自分の行動に責任を持たなければならない大変さを痛感した。
 昨晩、「行って来ます。」と明るく元気よく電話をくれた彼女にも、いつか母親の決断の重さを、胸に秘めた思いをわかるときがくるのであろう。気をつけて、そして一年後に大きくなって帰ってきてね。いってらっしゃい!!  

 


【12】学習能力とスピード                           

  子供にはいろいろな特性があって、その一人一人にあった授業をしたいとは思いつつ、なかなか現実的には難しいところがある。ある女の子は、物事に対する向き方がとても誠実で、丁寧に仕上げないといられない性分。数学の問題などでも、一生懸命考えて、考えて、そしてきちんとやり方と答えを書かないといられない。仕上げてきたものを見ると、ミスもないし、たしかにすばらしい。しかし、遅い!! 他の子供の倍以上の時間がかかる。他の子供がプリント2枚やる間に、その女の子は1枚。何度も、その子には、「要領よくやることの大切さ」は話してきて、本人も自分の「遅さ」を十分自覚している。努力もしているようである。でも・・・
 現実に、試験においては、スピードが評価されるわけで、彼女にとって不利であることは言うまでもない。でも、彼女の「決められた時間内では、他の人の半分しか力が発揮できないけれど、十分な時間を与えられれば、他の人の3倍から4倍のいい仕事をする」と言う特性を何とか認めてもらって、良い環境の中で力を発揮させてやりたいと、受験勉強の技術「スピード」を教えている次第である。


【11】中学受験と遊び                             
アンケートに答えてくださった小学生のお嬢さんをお持ちのお母さんが、中学受験を考えつつも、3年間、そのために犠牲にするものを考えると踏ん切りがつかないという一言を書いてくださった。このお母さんの気持ちがとてもよくわかる。子供のことを考えていればこその悩みで、きっと素敵なお母さんなんだと思う。確かにお稽古事は一時休止状態にならざるを得ないかも知れない。中学受験を考えていない男の子や女の子でも、スポーツクラブやお習字やピアノなど、私の塾の子供も結構、忙しそうな日々をおくっている。子供にとって何がよいのか、その時点で結論のでるものではないので、親として悩むのは当然であろう。ただ、一つだけこんな風に考えるのもいいのでは?「どっちをとるか」ではなく、「両方とるのにどうすればよいのか、どうバランスをとったらよいのか」。わたしは、欲張りかな?甘いかな?



【10】気持ちを入れ替えて                          

 
ある中学二年生の女の子の年賀状に、こんなことが書いてあった。
「わたしは、他の中学に通っている友達と、A女子高に入ろうと約束しているので、先生、今年は気持ちを入れ替えて一生懸命勉強しますからよろしくお願いします。今の成績では、とても入れないことはわかっているのですが、がんばります。」
 これを読んで、今までの彼女のことを思いながら、「本気で勉強してくれたらな」と、半信半疑であった。生活そのものが少しルーズで、塾は休むことはしないが、宿題が終わらないので遅刻してきたり、白紙に近い宿題を出したりで、私に何度も注意されている。塾だけでなく学校でも同じようで、部活もその調子なので、先輩につるし上げられたりしているようである。そんな彼女の新年早々の決意なので、痛い目にあった分だけ「気持ちを入れ替えて」の部分に成長が見られるかな程度に考えていた。
 新年第1回目の授業の日、彼女は、なんと授業の始まる20分も前に教室に姿を現したのである。私も驚いたが、他の子供が驚いて、「今日は、どうしたの?」と、声をかけずにいられなかったようである。何回続くかわからないが、その決意を行動に表そうとした気持ちがうれしい。私も「一緒にがんばろう」と心の中で声をかけていた。


【9】子供の適性                                
 
 
中3の女の子の母親とその子の適性について話したことがある。彼女は、社会と英語、国語が得意で、理科と数学は単元によってムラがあり、得意とは言い難い。しかし、両親は二人とも理科系。子供がなぜ、理数が弱いかわからないし、もし彼女が大学受験で、文系を選んだとしたら、どのように導いていったらよいのかわからないと言う。確かにそうかも知れないが、子供は子供、親と同じではないし、大切なことは、「何が得意だ」よりも、「何が好きか」ではないだろうか。子供が好きなもの、興味を持っているものに対して、親が関心を示すことが大切なような気がする。その対象が親にとっては、未知のものであったり、受け入れがたいものであっても、それを否定するだけの知識は必要であろう。テレビゲームが好きな子に、ただ、「だめ!!」では、子供が納得するわけもない。好きなものに対する執着というのはものすごいものがある。子供が夢中になっている姿から親が何か発見できるといいのだが。 
 


【8】クリスマス会                                
 一年に一回だけ、勉強を離れて、子供とゲーム大会を中心に、一年間の反省や、食べたり、飲んだり、遊んだり、学校のうわさ話をしたりというクリスマス会を行っている。普段の授業の中では見せない面に触れられるので、毎年、私にとっては有意義な時間となっている。授業中は、とても落ち着いた雰囲気の子が、ゲームをやってみると、あまりにおっちょこちょいで、他の子に言わせると”チョー、ダセー”だったりで、とてもおもしろいし、それぞれの子供が本当に可愛い。「ジェンカ」と言う、互い違いに積まれた積み木をくずさぬように抜いていくゲームなど、子供の思いきりの良さやら、集中力やら、洞察力やら、他の子供への思いやりやらが垣間見えて、見ている私も夢中になってしまった。子供も、授業の中の私と違う私を見て、親近感を持ってくれるといいと思うし、仲間意識を強めてくれると言いと思っている。



【7】中学3年生の選択1                           
 
 毎年12月は中学3年生の受験校の決定があり、いつもながら、いろいろな親子関係があり、いろいろな選択があるなと考えさせられる。ある女の子とその親の選択である。
 彼女は11月に私と二者面接をした際に、彼女の実力よりは少し上の公立高校(A高校)を受験したいと言う。私の仕事柄、客観的データでは、合格が厳しいことを告げ、また、中間テストや、期末テストなどはまじめに勉強する子なので、高校でも、少し余裕を持って勉強した方が、大学受験なども、彼女の持ち味を生かした受験のし方ができるかもしれないという話をした。しかし、彼女の気持ちは変わらず、どうしてもA高校で勉強したい、ほかの学校で勉強する自分が考えられないと言う。そこまでA高校が気に入ったのなら、その気持ちを大切にしたいし、その気持ちの強さで、合格できるかも知れないと思い、それなら必死の思いでがんばろうねと約束した。数日後、今度は母親との面接で、同じような話をしたが、両親も子供の選択どうりにさせたいと言うので、滑り止めの私立高校について、真剣に考えるようにアドバイスをして終わった。
 ところがである。12月に入り成績が下がる一方なので、もう一度彼女を呼んで話をした。すると彼女は、「先生、私が本当に行きたいのは、B高校なので、B高校でお願いします。危ないことはよくわかっているし、覚悟もできている」とのこと。B高校はA高校よりさらにレベルの高い高校なのである。私も彼女の考えが理解できず、なぜ、「B高校がそんなに行きたいの?」と尋ねると「合格した場合に、下からはい上がるのに、A高校ではその気持ちが湧いてこないが、B高校ならやる気がでる」と言うのである。さらに、滑り止めの私立もレベルの高い高校を選ぶ傾向があり、何とか安全な高校は確保したが、彼女を動かす者が何なのか、私にはわからず困り果てた。親が子供の考えを尊重するのはとても大切なことなのだが、それには、親が子供以上に悩み考え、相当な痛みを覚悟しなければならないということなのであろう。その後の話は、いずれ書くことにしよう。 

 


【6】そのまま大きくなあれ                           
小学1年生か、2年生くらいであろうか。学校からの帰り道である。数人の男の子がが大きな声で話しながら私の前を通り過ぎて行った。その話の内容が聞こえてきた。何か、寄り道をしたと言う話のようである。その中の一人の子が、「寄り道はいけないんだよ。先生が危ないからって言ってたじゃないか。今度、寄り道したら、僕は先生に言うよ。」と。その毅然とした態度に、私は思わずその子の顔を見てしまった。日本も捨てたものじゃない。すばらしいバランス感覚である。最近の中高生の男子は、何を怖がっているのか、いつの間にか元気がなく、おとなしくなってしまう。家の中では自己主張しても、外に出ると、借りてきた猫状態で、面白みがなくなっている。正義感を前に出すと、馬鹿にされるような風潮があって、やや、斜めにものを見る方が格好いいように思っているようである。悪いことは悪いと言える大人に、そのまま大きくなってね



【5】考える力                                  
 
 
小学6年生の算数の授業で、「割合」の問題をやっている時だった。「割合」の考え方は、子供には、難しいらしく、例年時間をかけないといけないところなのだが、一人の女の子が、すぐ「わかりません」と言うので、わたしが、わかったところまで、順を追って説明してごらんと、声をかけた。すると、緊張しながらも説明しだした。私は、彼女の言うことを、繰り返して言ってあげただけなのだが、いつのまにか答えが出てきてしまった。彼女にとって、『「割合」は私の手に負えないもの』という先入観と、根気よく順序立ててものを考える訓練が足りないために、すぐ「わかりません」という答えを出してしまうのである。「ゆとり」とは何か、あらためて考えさせられた。子供が考えようとしているときに、教える側が、「ゆとり」を持つことなのだと。子供に付き合ってあげることなのだ。私自身、授業の進度などを考えて、ついつい『ゆとり』を失っていることを反省しつつ。
  


【4】嬉しかったよ                               
昨日の中学1年の英語の授業でちょっと良いことがあった。小6と時から一緒に勉強しているのに、シャイで、なかなか私の目を見て話してくれないし、私が質問したことには答えるけれど、自分から発言するなんて全くなかったA君が、自分から声を出してくれた。私が、隣のB君の英語を見ているときにそれは起こった。B君が、わからないので、教科書のどこでそれを勉強したかを探しているときだった。隣にいるA君が「先生、ここではないですか?」と、教科書を開きながら、進んで教えてくれたのだ。うれしかった。この子の積極性もうれしかったし、子供から教えられたことも、なぜかうれしかった。



【3】就職内定おめでとう                           

  今年の夏前に、私は最高の御褒美をもらった。私がこれまでに教えてきた中でも、五本の指にはいるほど勉強が嫌いだったT君が突然訪ねてきてくれて、「先生、就職が内定しました」と。それも、難しい国家試験に合格し、その資格を生かし、この就職難の中を勝ち抜いたとのこと。あのころ、勉強させることが至難の業で、きたない大きな字で書かれた宿題を、採点、添削しながら、この子にもいつか、私の気持ちが分かってくれ時がくるだろうと、自分を励ましながら厳しく指導していたのを思い出す。ただ、T君は本当に周りのものを幸せな気持ちにしてしまう天性のものがあり、本人はともかく他に一緒に勉強していた子供たちが、和やかな雰囲気の中で勉強してくれたことも確かだ。そんな子が、私の目の前で、良い青年になってしまって、就職試験の自己アピールなどについて誇らしげに話しているのだから驚きである。そして、私にとっては、何よりも素敵な御褒美だなと思っている。私がこのHPを始めようと決めたのも、彼の刺激によるところが大きい。ありがとうT君。
 


【2】合唱祭                                   
今、中学3年生の最大の関心事は「合唱祭」。どこのクラスが上手だとか、わたしのクラスの男子は練習熱心じゃないのに、「男子の方がうまい」と褒められたとか。もう二学期の期末まで一ヶ月を切っているのよ。合唱祭もいいけれど「切り替え」をうまくしてもらいたいものです。


【1】15分間の停電                               

 日は中学2年生の授業を後10数分ほど残して停電になった。天気も良く雷などでの停電の予測が全くないときに起きたので、子供たちは真っ暗な部屋の中で最初は不安がった。わたしが懐中電灯を一本だけ照らすと、子供たちは落ち着き、あまり顔がよく見えないのがよいのか、それぞれがおしゃべりを始めた。普段は休み時間でも雑談をするクラスではないのだが、こんな雑談ができると、生徒との距離が縮まり、いいものだと感じた。この真っ暗な15分間に感謝した。